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広島高等裁判所岡山支部 昭和37年(ネ)146号 判決 1963年10月04日

控訴人・被控訴人 原告 株式会社オリオン破産管財人 前島四郎

被控訴人 被告 樋口宗彦

訴訟代理人 山村利宰平

控訴人 被告 平田芳子

訴訟代理人 山村利宰平

主文

1、一審被告平田芳子の控訴を棄却する。

2、原判決中、一審被告樋口宗彦に関する部分を取り消す。

3、一審被告樋口宗彦は一審原告に対し、五万円およびこれに対する昭和三六年八月九日より支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

4、訴訟費用中、一審被告平田芳子につき当審において生じた費用は同一審被告の負担とし、一審被告樋口宗彦につき生じた費用は一、二審を通じて同一審被告の負担とする。

5、この判決は、一審原告が一審被告樋口宗彦に対し、担保として一万五〇〇〇円を供託したときは、3項につき仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の申立て

1  一審原告は「原判決中、一審被告樋口宗彦に関する部分を取り消す。同一審被告は一審原告に対し五万円およびこれに対する昭和三六年八月九日より支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は一、二審とも同一審被告の負担とする」との判決および仮執行の宣言を求め、これに対し一審被告樋口宗彦は控訴棄却の判決を求めた。

2  一審被告平田芳子は、「原判決中、一審被告平田芳子に関する部分を取り消す。一審原告の同一審被告に対する請求を棄却する。訴訟費用は一、二審とも一審原告の負担とする」との判決を求め、これに対し一審原告は控訴棄却の判決を求めた。

第二当事者双方の主張

当事者双方の事実上および法律上の主張は、左記のほか、原判決事実摘示記載のとおりであるから、これを引用する。

1  一審被告両名は次のとおり述べた。

(イ)  一審被告樋口宗彦は昭和二七年四月頃破産会社に雇われて同三三年夏頃まで、同平田芳子は昭和二五年一二月頃破産会社に雇われて同三四年二月まで、いずれも店員として破産会社に勤務し、食事つきで月八〇〇〇円の給料を受け、盆と節句には給料一カ月分位の賞与の支給を受けていたが、昭和三一年夏頃から破産会社の経営が困難となり、給料も満足に支給できず、賞与に至つてはなおさらで、そのため一審被告樋口は前記昭和三三年夏頃破産会社を辞めたものであるが、当時、未済の給料・賞与あわせて六万余円の債権を有した。一審被告平田は破産会社の破綻まで勤めたので、同様の未済債権額が八万余円となつていた。

(ロ)  これら未済の給料等債権につき昭和三四年一月六日破産会社より各五万円の支払を受けたのに対し、一審原告は否認権を行使するとして本訴を提起したのであるが、商法二九五条・破産法三九条によれば、右給料等債権に対する破産会社の任意の優先支払は法律上許容されるものというべく、これに労働者の退職後七日以内に賃金を支払うべき旨を規定する労働基準法二三条の趣旨を勘案するときは、一審原告の本件否認権行使が当をえないものであることが明らかである。

2  一審原告は次のとおり述べた。

(イ)  一審被告両名が昭和三四年一月六日訴外株式会社オリオンから弁済を受けた債権が、同会社と一審被告らとの間の雇用関係に基づいて生じたものであるとの主張は否認する。かりに然りとしても、右は昭和三三年七月一四日頃これを目的とする準消費貸借に改められたものである。

(ロ)  本件債務の支払は、破産会社が破産債権者を害することを知つてなしたものである。

第三証拠

当事者双方の証拠の提出・援用・認否は、当審において、一審原告が証人分島進、一審被告両名が同人および一審被告平田芳子本人の尋問を求めたほか、原判決事実摘示記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

1  訴外株式会社オリオンが昭和三四年八月一〇日岡山地方裁判所において破産宣告を受け、一審原告が破産管財人に選任されたことは当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない甲一号証の一、二、同二号証の一ないし三、原審証人藤原千枝子、原審および当審証人分島進の証言、原審における一審被告樋口宗彦本人、原審および当番における一審被告平田芳子本人の供述ならびに弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。

訴外会社(代表取締役分島進)は雑貨の販売を業としたもので、一審被告平田芳子は昭和二五年一二月頃より、同樋口宗彦は同二七年四月頃より、店員として訴外会社に雇われたが、昭和三一年頃より会社の経営が不振となり、給料の支払も遅滞し、同三三年七月には一審被告両名とも給料および賞与の未払分が各五万円以上に達し、そのため一審被告樋口は訴外会社に見切りをつけて退職するに至つた。訴外会社は右の未払給料等につき、帳簿上の操作として、同月一四日一審被告両名に各五万円を支払い、即日両名から各五万円を借り入れた旨の記載をしたが、右はたんなる帳簿記載上の操作にすぎず、一審被告両名の前記給料および賞与の未払分の債権は、依然として未払のまま存続した。その後、同年一二月三一日訴外会社は、額面総額一四〇余万円にのぼる手形二〇数通(満期はいずれも同年一二月三一日)の支払をせず、閉店するに至つた。翌三四年一月六日一審被告両名は訴外会社から前記給料および賞与の未払分各五万円の支払を受けたが、不渡となつた手形の債権者らからの申立てにより訴外会社は、冒頭掲記のとおり破産宣告を受けるに至つた(以上のうち一審被告両名が前記のとおり訴外会社に雇用され、給料および賞与の未払分として五万円以上の債権を有したこと、訴外会社から右日時に各五万円の支払を受けたことは、各当事者間に争いがない)。

以上の認定を左右するに足る証拠は存在せず、破産会社は昭和三三年一二月三一日、その債務につき一般に支払を停止したものというべきである(翌三四年一月六日、一審被告両名が前記のとおり給料等の未払分各五万円の支払を受けたことは、なんら右の結論に影響しない)。

3  以上認定の事実に当審証人分島進の証言を綜合すると、一審被告両名は、昭和三四年一月六日破産会社から各五万円の支払を受領するにあたり、いずれも前記破産会社の支払停止の事実を知つていたものと認められる。原審および当審における一審被告平田芳子の供述中、右認定に反する部分は措信できない。

4  一審被告両名は、破産会社から弁済を受けた右の各債権が、破産会社との間の雇用関係に基づいて生じたものであること(商法二九五条、破産法三九条、労基法二三条による保護)を根拠として、右弁済に対する一審原告の否認権行使が許されないもののごとく主張する。

しかし、商法二九五条の破産法三九条は、破産会社と被用者との間の雇用関係に基づいて生じた債権につき、これを優先権ある破産債権として破産配当手続における優先順位を付与したにとどまり、別除権を認めるものでないから、右債権に対する弁済が支払停止後にその事情を知つて受領されたものである以上、これが否認権行使の対象となりえないものと解すべき法理上の根拠に乏しい(労基法二三条は労働者の退職の場合につき七日以内に賃金を支払うべきものとするが、使用者が破産宣告を受けたときは、もとより別論というべく同条の規定もなんら否認権の行使を否定すべき根拠とならない)。もつとも、これら優先権を有する債権に対する破産者の任意の支払を否認しても、場合により、否認によつて破産財団に帰属せしめた権利を、配当に際し、そのまま否認権行使の相手方に返還する結果となることもありえないではない(本件の事案がこれにあたるか否かについては、なんら主張・立証がない)。かかる場合、右否認権の行使が当該破産手続に寄与するものでないこともとよりであるが、その間の調整は破産管財人の判断にまつとするのが法の趣旨であろう。

以上、一審被告両名に対し破産会社より弁済を受けた前記の各五万円およびこれに対する訴状送達の翌日(昭三六・八・九)より支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める一審原告の本訴請求は、すべて正当として認容すべきである。

6  よつて、原判決中、一審被告樋口宗彦に関する部分を取り消し、同一審被告に対し右金員の支払を求める一審原告の本訴請求および仮執行宣言の申立てを認容し、一審被告平田芳子の控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴九六条・九五条・八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柴原八一 裁判官 西内辰樹 裁判官 可部恒雄)

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